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いいモノといい音楽について雑感

全然違う話からすれば、とある先生は「いいデザインは見ればわかる」と言う。確かにその通りで、見ればわかる。歴史とかなれそめとかうんちくとか…いろいろ並べなくてもいいモノはいい。それを見てもわからない人は「見る目がない」とかそういうのではなく、いろいろな客観的事象(うんちく?)に惑わされて生きているのだと思う。

いろいろな客観的事象を並べる人の代名詞として、批評家という人がいる。僕は基本的に批評家という仕事は好きではない。物事を客観的にとらえて、第3者に伝える能力は確かに貴重である。だが、僕はやはり自分の力で新しいモノを生み出す力、創造する力を持つ人をリスペクトする。これは個人的な「好き嫌い」の次元の話かもしれない。

同様にいい音楽は聴けばわかる。客観的分析はいらない。それって、好き嫌いの好みの問題じゃないの?という人がいるかもしれないが、個人の好き嫌いや趣向は日々移り変わるので普遍的ではない。昔聴いた曲が変わって聞こえることを経験したことのある人は多いだろう。一方、いい音楽・よくない音楽はその曲が生まれた瞬間、もしくはマスタリングされた瞬間や演奏された瞬間に決まる。普遍的である。

しかし、「なぜいい音楽なのか?」を言語で説明するのは困難である。誰もが理解できる客観的な表現で語ることはできない。よって、表現者は批評家に客観的分析により攻め入られることがよくある。でも、それはしょうがないと言えばしょうがない。

いい音楽はある。好きな音楽もある。ただ、好きだった音楽(音楽を作る人の作品)がよくなくなってしまったら困惑することがある。「よくない」は普遍的だからまた悩むところである。

かといって「よくない!」と大衆に向かって叫ぶのは適切ではないと思う。ならば、自分がいいモノを作ればいい。いい音楽を作ればいい。作れるようになろう。

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