遺言状と遺書
※ これは自分の遺言を残すエントリーではありません。
遺言状(ゆいごんじょう)と遺書(いしょ)、言われてみれば違うモノなのですが、ふだんぼーっと生活しているとあまり意味の違いを意識しません。ただ、2006年12月現在wikipediaに書かれていたこの記事は、適切なのでしょうか?(wikipediaの記事は今後修正される可能性があるので、今現在のものを引用しておきます。)
■ 遺書 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』1. 自殺する人が残す文章。本項で詳述。
2. 松本人志の著書。250万部のベストセラーになった。遺書(いしょ)は自殺する人が残す文章である。財産分与などの法律的な問題を記す遺言書(英語:Will)とは異なる。遺書は残される家族・友人・知人などに個人的なメッセージを送る手紙の意味合いが強い。その中でなぜ自分が自殺するのかという理由も語られる事が多い。特にイジメに関するものでは、これを元にした裁判が行われる場合がある。
一方、遺言状は、
■ 遺言 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』遺言(いごん、日常用語としては通常ゆいごん)とは、死後の法律関係を定めるための最終意思の表示をいう。要式行為(一定の方式によることを必要とする行為)であり、方式に違反する遺言は無効となる。
以下略(全部見る場合はこちら)
とあります。あらかじめ言うと、このエントリーは(誰でも変更・加筆できる)wikipediaを非難するものではありません。むしろ、世の中の大半の人がこう感じているという事実に対する驚きを残したいのです。
では、「遺書」について別の辞典を見てみます。
■ いしょ ゐ— 1 【遺書】(1)故人が死後のことを考えて書いた手紙や文書。
(2)後世に残した著作。遺著。(三省堂提供「大辞林 第二版」より)
■ いしょ【遺書】遺言を書きしるした書きつけ。遺言状。
(三省堂 新明解国語辞典 第四版 より)
これらを見ると「自殺する人が残す文章」とは一言も書いていないのです。そして、自殺などではなく、病気や老衰などで亡くなる人が残してもよいものですし、実際そういったものも多く存在すると思います。
では、「遺言(ゆいごん)」についても他の辞書を見てみます。
■ ゆいごん【遺言】(名)スル
自分の死んだあとの事について言い残すこと。また、その言葉。
「財産の分配について—しておく」「親の—」
〔法律上では「いごん」という〕(三省堂提供「大辞林 第二版」より)
■ ゆいごん【遺言】〔死を自覚した人が〕死後の処置について身寄りの者などに言い残す・こと(言葉)。
(三省堂 新明解国語辞典 第四版 より)
こちらを見ると、「死後の法律関係を定めるための最終意思の表示」とは一言も書いていないのです。正確に言えば、法律用語の「遺言(いごん)」はこれで正しいのですが、いわゆる「ゆいごん」と呼ばれるものは本来もっと広い意味で使われるはずなのです。
僕は言語の専門家ではないですし、正しい日本語を普及させる団体でもないので、何が正しいとか間違ってる、何々はけしからん!とか言う気は毛頭ありません。ここで強調したいのは、本来「遺書(いしょ)」は「遺言状(ゆいごんじょう)」とほぼ同義であり、「遺言」を残す書類という広義な意味を持つものだと思うのですが、wikipediaにあるように、遺書は「自殺する人が書く」ネガティブでどろどろとした文章で、「遺言」とは亡くなった後の法律的処理について残すどろどろとした文章である、といった狭義の意味が浸透しているということなのです。これは、実際に検索エンジンで「遺書」と「遺言」を検索すればよくわかります。
前述した通り、wikipediaは大衆が皆で作りあげる辞典なので、有名な辞典に書かれた意味と違っていても、それが間違いだといい切ることはできません。むしろ、辞典で引くよりも人々の理解・認識に近いものが書かれている場合があると思います。
ですが、世の中にある「遺書」や「遺言状」は財産や借金など法律に関わる書類や、自殺する人が残すことばばかりではないのです。少なくとも、自分は世界中の人々が残すデジタルのモノが今後どうあるべきかについて、しばらく向き合っていくのではないかと思います。そして、なんらかの形あるモノでそれを後世に残せればと思っています。MASTABAはその先駆け、出発点のようなものだと思います。