デザイナーの仕事とは
昨日、新春バーゲンに沸く街の中で考えていたこと。
※ そのうち考えが移り変わるかもしれませんが・・・。
デザイナーの仕事が「何かを作り出して、その結果人々の生活を豊かにすること」だとすれば、ただ、いいものを作っているだけでもだめだし、よくある、「業界自らが流行を演出し、でっちあげて消費者に売りつける」ような姿勢もあまり美しくありません。
服を例に取ってみると、馬鹿高いブランドデザイナーの人は、生活の豊かな人だけが小綺麗な服装をしてくれれば満足なのでしょうか。逆に、どこかのおっさんがスーパーで売ってるようなだれが作ったのかよくわからない(変なロゴとか入った)服を着ていて、特に似合っているとかかっこいいとかそういう次元のお話ではない…そんな状況を見て何も思わないのでしょうか。
センスのいいやつだけがいい服着てればいいとか、センスの悪いやつはどうでもいいとか、わかる人だけがわかればいいというのは、(時としてよい場合もありますが、)デザイナーと呼ばれる人はそういう態度ではいけないと思うのです。
デザイン(機能・見た目・設計・その他含む)のよさは、必ずしも値段とかコストには比例するとは限りません。いいものを安く作る仕組みや工法、素材の組み合わせ・・・などを生み出すのもデザイン力(設計力、意匠力、その他)なのです。
服のデザインをする人なら、たとえ世の中で一番安く売られている服でも「デザインされた」良いものにしていくにはどうするべきなのか、そういう社会にするにはどうすればいいのか、せめて頭の隅でもよいので考えてほしいのです。消費者が悪いわけではないのです。スーパーで1000円で売られている服でも、「安ければなんでもいい」ではなく、人々が豊かになるように、デザイナーの思想が込められた(値段相応に素材とか縫製とかは悪いかもしれないけど)モノであってほしいのです。(もちろん、真剣に考えているなと感じられる会社やブランドもありますよね。)
例を変えると、音楽を作る人なら、大衆が一番身近にふれる音楽の豊かさを真剣に考えないといけないのです。ヒットチャートに乗る半分くらいの、使い捨てでくだらない音楽を目の前にして、わかるひとだけわかるからそれでいいとか、センスの悪いやつはどうでもいいとか、まったく逆だと、とりあえず今売れればそれでいいとか、そういう姿勢で音楽をやっている人がどれだけ多いことでしょうか。多く存在するアマチュアの音楽の作り手はしょうがないとしても、業界をプロデュースするいわば「デザイナー」の人がそういう姿勢であってはいけないと思います。文化を担っているという責任を感じてほしいです。大衆にふれるものほど責任が大きいと思います。
住宅であっても、食べ物であっても、街にあふれるサインや公共広告であっても全て同じだと思います。豊かな社会では、安いものでも美しく、豊かでキレイです。(そういう国も世界には存在しますよね。)街を歩いてる人たちが(たとえ、安い賃金に苦労して働いている人でも)みんな笑顔でかっこよくて、生き生きしている社会だったら、それはとても豊かでしょう?
どこかの政治家が「美しい日本を作る」と言っているのは、実は政治家には無理のある話で、「美しい日本をつくること」はデザイナーの仕事なのかもしれません。逆に、美しいものを普及させるのは実は政治力であったり、戦略力、経済力・・・かもしれません。
自分のような高等教育の中でデザインを学んだ人が、世界の中でどういう役割を担うべきなのか、考えるだけでなく行動に移せる年に出来ればと思います。いいものを作れる人になれるように努力することは変わりありませんが。
コメント
あけましておめでとうございます。
本当に共感できる部分があります。
日本人が辿ってきた文化を考えると日本人はデザインにPayする文化というのがなくて、それは縦社会に準拠してたという背景のせいだからのように思います。それは、たとえば建築で言えば、大工のように設計する人と作る人が同じといったように・・・。ソフトとハードを両方考えられる人が居た・・・そんな背景だからこそ、今の日本があるわけで。
でも、今は人それぞれに仕事に対するROLEがあって互いに協調してよいものを作るという横社会にある傾向が強まっている。若い人たちの発言する機会が増えてきてるんじゃないかなって思います。
そんな時代だから、お互い、今年はどんどんOUTPUTする年にしましょー!
支離滅裂ですみませんTOT
とりあえず、今年もよろしく!
投稿者: gocchi | 2007年01月03日 16:46
アグリーです。
また生活する人も、
日常的などんな行為でもクリエイティブになりうるものと意識できたら、
人生はもっと楽しいのではないかと思います。
例えば、お母さんが食卓を彩るのも、
家族へ対するクリエイティブな行為だと思うので。
主旨ちがうかな?(笑)
ちょっとそんな風に思ってみました。
投稿者: まつおです。 | 2007年01月03日 17:14
>gocchi
どうもー。おめでとうございます。
実はデザインにpayする感覚がある国ってのもそんなになくて、あるとすれば生まれた時から普通にデザインされたものの中に暮らしていて、気づかないうちにデザインにpayしている感じなのかなと思います。
そう、いま、いろいろな産業が完全に分業化されてしまって、気持悪いことが色々起きているよね。それは建築に関わる人だと強く感じるんじゃないかと思います。
こちらこそ今年もよろしくー。
>松尾さん
いや、全くその通りで、収入水準が低くても生活の豊かさの水準が高い文化圏ってあるんですよね。で、それは広い意味でのデザインの豊かさだとも言えると思います。
「うちはお金がないから高いものは食べられない・・・」かもしれないけど、「お金がないから家族が集まって食卓を囲めない」とか「食事をきれいに盛りつけられない」とか、「気持ちの良い家庭空間を演出できない・・・」なんてことはないんですよね。
お金のある時代でもない時代でも関係なく、人々か精神的に豊かに暮らせたら・・・と思います。
投稿者: uriu | 2007年01月03日 20:49