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北欧デザイン

KMD教授に就任される稲蔭先生が北欧デザインの本を紹介していたのでふと思ったこと。

北欧のデザインはたしかにとてもかわいいし、その雰囲気の良さにも共感できる。だからといって、積極的に北欧で作られたものや、北欧っぽいデザインの物を皆競って揃え、家の中に置いていくというのはどうも気持ち悪いなと思う。そういう自分も現実にはもちろんやりかねないのだが。

北欧に限らずヨーロッパのデザインのほとんどは日常生活の中に普通に存在している。つまり、気取ったデザインをしようとか、きれいな物を作ろうといった特別な意識を持たなくても、個人やメーカーがそれぞれの物をデザインしているのである。つまり、文化レベル・精神レベルで多くの人の間にデザインする力が共有されているのである。

ということは、日本では今、その力が大衆化されていなく、多くのデザインに魅力が感じられないのである。だからこそ、北欧デザインだとか、デザイナーズなんたらだとかってのが流行る。そして結構なお値段がついて売られたりする。そして、そういうことを気にする人は結構なお金を払ってそのような物を揃え、インテリア雑誌かなんかで取り上げられたりする。でも、ヨーロッパの人からすれば、その行為はとても気持ち悪いに違いない。だって、自分たちは何の意識もしないで買ったり使ったり作っているものが趣向品のように扱われているのである。

僕が実現したいことの一つとして、日本人ひとりひとりがデザインする力を普通に身につけられる社会の仕組みや教育環境がある。つまり、皆積極的に北欧デザインのような物を取り入れることを推進するのではなく、100円で売られている物から何億円の物にいたるまで、すべての日本人が、それぞれによいと思うデザインを作り出せるようになる仕掛けこそが推進されるべきだと思う。

そしてそのデザインは必ずしも見た目や形、機能だけでなく、「しつらえる」ことのすべての要素についてである。現代を生きる身としては推測の域を出ないが、たぶん昔は、日本人も「しつらえる」ことをとても大切にしていて、皆デザインする力を持っていたのだと思う。だとすれば、失われつつあるデザインする力を取り戻せばいいのかもしれない。

今は一学生として大したことはできていないが、ある種自分への戒めとして、感じていることを記してみました。

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